| 「 媛歯会報(2月)より 」 |
| 四国各県で活躍されている歯科医の先生方が "わが県の日本酒" をキーワードに寄稿されていた 『 四国かわら版 』というコラムから転載させていただきました これは、長野先生が篠永酒造を取材され、愛媛県歯科医師会の会報「媛歯広報・2月号」に掲載されたものです ( 写真、および商品紹介の一部は割愛しています、悪しからず / 管理人 ) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2007/03/10 〜四国かわら版〜 地元の銘酒;愛媛県『森(もり)の翠(みどり)』 愛媛県歯科医師会広報委員 長野寛志 長く続いた不況の(不幸の?)時代を乗り越えたという。・・・“ん、本当?” 「実感なき経済成長」とも言われる。・・・“ふむふむ。” つまりは、ほんの一握りの莫大な不労収入獲得層と、(働けど働けど暮らしは楽に…なってるのかしらん? 【ワーキング・プア】という言葉も生まれたけれど)残りの人々に色分けをしただけのような気がしないでもない。 そんな「経済格差」という名の自らを締めあげる鎖を、我々庶民が笑い飛ばすためにも、「お酒」は欠かせない生活の 友でもある。その時代時代に刻まれる「お酒」もあるもので、サラリーマンに赤提灯といえば、なんとなく熱燗の匂いが 鼻の奥の粘膜を刺激するし“ビール税”をキーワードにいえば、発泡酒やら第3のビールと呼ばれる涙涙の努力の 結晶がまぶたに浮かんだりする。そして最近はワインブーム、焼酎ブームである。松山二番町の会員制クラブでも いつ頃からだったか、ブランデーなどのコースの一番下に[焼酎コース]ができ、それ自体に驚くと共に、そのメニュー 表示を“抱きしめたくなる”衝動に駆られたのはなぜだろう。 日本酒は悪酔いする?飲むと頭痛がする? そんな中、『美しい国日本』の住民として代々受け継いでいかなくてはならないはずの、お酒に関する文化;日本酒は というとずいぶん心もとない限りである。消費者の日本酒離れの勢いは一向に止まらぬようである。 新しい物好きで軟弱な、もしくはお酒が飲めない若者が増えたのか、イッキ飲みでの苦しさゆえ嫌われたのか、終身 雇用・年功序列・モーレツ社員などといった日本式サラリーマンの文化が急速に廃れるのと共に赤提灯が風前の灯に 晒されてきたのか、あるいは食生活の欧米化が進む中お米の消費が減ってきている現状を単に追随しているためな のか蔵元の主人も頭を傾げるほど日本酒を取り巻く現状は厳しいらしい。 そこで、自分にとって日本酒とは?と考えてみると、「飲み会でちゃんぽんすると必ず悪酔いし、あくる日になるのを 待たず吐く」あるいは、「飲んだあくる日は、その量に関わらず必ず頭が痛い」そんなイメージで出来上がっていること に気づく。ビールにもワインにも泡盛にも持たない、特別な印象を自ら作り上げていることに気づく。 皆さんはどうであろうか? 歴史的建造物と四国で初めての女性杜氏 愛媛県四国中央市にある『篠永酒造株式会社』。創業明治19年、120年続く名蔵である。 現在その主屋、門、東酒蔵、南米蔵(以上、創業当時の木造建築)、それに土蔵(昭和12年建築)は 国の登録有形文化財に指定されている。四国八十八箇所巡りの遍路街道沿いに相応しい佇まいである。 いずれ五代目を継ぐ篠永和宏専務は、もちろん大の酒好きであるが、高校時代は吹奏楽部でトロンボーンを 吹き鳴らし、のちに「川之江吹奏楽団」の団長を長く務める音楽好きでもある。 筆者も実は小学六年からのトロンボーン吹きで、篠永先輩には頭の上がらない後輩の一人でもある。 (部活動の上下関係は永遠です!) 話は逸れたが、さてここに、そんな日本酒の置かれたネガティブな現状を打破すべく、本来の日本酒作りのために 文字通り飛び込んだ女性がいる。彼女の名は『宇高育子』さん。 平成8年ごろ、彼女は他の大手酒造メーカーに勤務の傍ら、その利き酒の力をコンテストで鍛えていた。 事実愛媛県の大会で2年連続優勝するなど、その力は飛び抜けていた。 そんな折彼女は、篠永酒造の杜氏;佐藤静雄さん(南部杜氏)の造る『森の翠』に出会い、衝撃を受ける。 “なんて余韻の永い、おいしいお酒なの” 香りに重きを置く日本酒が主流となる中、のど越しの余韻をあえて楽しむ『森の翠』の虜となった彼女は その酒を造る杜氏について勉強することを決意し、篠永酒造へ文字通り飛び込んだ。 しかし、伝統・風習が強く残る酒造りの世界である。そうは簡単に酒蔵に女性に足を踏み入れさせるはずもない であろう。まだ20歳代の女性でもある。がしかし、佐藤杜氏は時代の先を読んでいた。 女性の進出はこれから欠かせない、と。 そうして、平成10年より彼女は佐藤杜氏の下、酒造りについて一から修行を始めるのである。 その悪戦苦闘ぶりは、彼女自身による『いくこの蔵便り』に詳しい。 今回育子さんに直接話を聴かせてもらって知ったのだが、ワインなどの単発酵のお酒と違い、日本酒は 「並行複発酵」という、世界に類を見ない高度な発酵メカニズムの上に成り立つ酒造りから生まれるらしい。 多湿のモンスーン気候帯ならではの工夫から生まれた特徴ある酒だそうだ。さらに、温度管理が重要なため 四国では冬場に限る仕込みとなり、自然との対話が欠かせない真剣勝負となる。 まず米を栄養源にする菌と杜氏との対話から新たな栄養分を生み出し、その上で新たな菌との対話をしながら 発酵を進める仕事は、目に見えぬ菌を慈しみ愛し抜く眼差しを強く感じた。酒造りに命が宿る。 それはある意味、患者さんの生体に感染し、不快な症状を惹起する悪玉菌と戦い、免疫細胞を応援しながら 快復を願う医師・歯科医師の仕事と相通ずるものを感じたのだが、いかがであろう? また、普通の吟醸なら全工程(酒母から搾りまで)45日ぐらいで出来上がるのに、60日ぐらい手間隙がかかる という「山廃」を造る際には特に、釜の蓋を開けっ放して、空中落下細菌の力も借りるのだという。 しかも面白いことに酒蔵の中の一番北の釜だけでしかそれはできないのだとも。 どうもその釜あたりに棲んでいる菌(野生酵母)が重要なのだと育子さんは真顔で言う。 篠永先輩も、“新しく蔵を建て直すなどしたら、そんな蔵付きの菌は全部だめになるだろうな”と。 その言葉に、気の遠くなる120年もの間、蔵を守り通してきた伝統の誇りを感じた。 戦中戦後の醸造用アルコール添加による経済効率優先から生まれた「悪酔いする日本酒」のマイナスイメージを 払拭し、本来の米と水にこだわる日本酒造りにかける蔵元が、地元にあることを知り誇りに思う。 そんな蔵元の伝統に慈しまれながら、育子さんは六年間の下積みののち、佐藤杜氏から託されたバトンを握り締め 平成16年四国初の“女性杜氏”として自立した。彼女を虜にした佐藤杜氏による「山廃仕込」。 ひたむきに懸命に彼女はいま、「これ、おいしいね!」と喜んでくれる日本酒好きのために、師匠に学んだすべてを 酒造りに捧げている。 |