2001年 なつこ


2001/07/26
ネコも夏痩せ


わが家のペット歴?は、初代ニワトリから、金魚、そして今はネコ
どれも好き好んで飼ってきたわけではありません

ニワトリも最初からニワトリではなく、ヒヨコでした(当リ前ですね)
お祭りの縁日で買ってきたヒヨコが次第に大きくなって
トサカも凛々しい鶏に育ち、朝になると2階からコケコッコー!
道行く人たちも思わず上を見上げて苦笑い・・ちなみに名前は「ニワさん」

次も同じく縁日でゲットした2匹の金魚
これは受験生だった娘の精神安定魚?だったらしい
一番手がかからない静かなペットでした・・・名前は「キン」と「ギョ」
そして現在は住み着いて5年になるネコ
痩せてよれよれ状態の子猫を末っ子が見つけ世話をするうちに
いつも間にか家族の一員になってしまいました
もちろん純粋な雑種です・・・名前は「ネコ」
”なつこ”という本名があるにはあるのですが・・・
朝は起こしに来るし、閉店時間前には必ず2階から降りてきて、”まだ閉めんの?”ってな顔をして
足元でウロウロします。コイツが最近、何故か痩せてきたみたい
ネコもいっちょまえに夏痩せするのでしょうか・・ね?
「ペットも熱中症にかかりますので、お気をつけください」と今日、TVで言ってましたっけ  (Y)

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2001/04/01
タラの芽・うどん・旅立ち


わが家の長男も今春から社会人一年生。
この二ヶ月間、最後の長期休暇を実家で過ごし旅立ちの日を迎えました
日曜の「讃岐うどん巡り」にも嫌な顔もせず運転手を勤めてくれた彼と
「最後の夜は何を食べる?」などと話をしている時、井川さんから“タラの芽”が届きました
今年の春の味を、おすすめの酢味噌で楽しませてもらいました
お礼のメールを入れると「まだ少し早いけど、必要なら採りにおいで・・」との返事
実はタラの芽がどんな風になっているのか知らなかったので、早速出掛けました
タラの木 トゲに気をつけて

タラの芽が手に入ったので、今度は天ぷらにしようと言うと
「タラの芽の天ぷらなら、あとはうどんだろう」との彼の提案で(うどん巡りの効果?)
旅立ち前夜、最後の晩餐のメニューは『タラの芽の天ぷらと釜揚げうどん』に決まりました
すぐに藤田さん(大喜多うどん・観音寺)に連絡して、店まで一走り
いりこ出汁をペットボトルに1本と、打ち立てのうどんを用意して待っていてくれました。
ここは、映画「青春デンデケデケデケ」にも登場したうどん屋さん
稲荷すしと名物の漬物を皿に取り、昼もご馳走になってきました
四国ならではの味を堪能して、彼は新天地へ旅立って行きました (H)

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2001/02/24
二人の引越


大学生活の3年間を一緒に過ごした息子達二人が、いよいよ別居することになりました・・
と言うわけで、神戸まで行ってきました。
行きは徳島から淡路島を渡り明石から尼崎まで。
帰りは姫路・岡山から瀬戸大橋を経由する二通りの方法をとってみました。
鳴門大橋(鳴門〜淡路島) 明石大橋(淡路島〜明石) 瀬戸大橋

着いた時には、荷物も殆ど整理していたので、クーラーの取り外しを除けば
引越しも早く終わり一安心。それでもルームチェック等々、三年間住むと色々あるもんですね
あとは、相楽園近くのいつもの隠れ家で一泊してゆっくりしました (H)
中華街 翌朝は快晴、お気に入りの坂道


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2001/02/18
瀬戸公園(宇多津)


今日は暖かいかな?と思いながら出かけたのは宇多津
ここは、公園に様変わりした塩田の跡地です
瀬戸大橋完成直後は、観光客で混雑していた「ゴールドタワー」の周辺も、今は静か
ひねもす、のたりのたり・・には、少し早い海が目の前で、瀬戸大橋が遠くに見えます
子供連れ、お弁当持参の人たちで結構にぎわっていました (H)
昔、塩を作っていた小屋
すぐ向こうは瀬戸内の海
こんな感じで塩造りを
していたらしい
遠くに瀬戸大橋
大げさな音楽に
つられて行ってみると
結婚式でした

息子 「あんなのは止めような」
・・・???


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2001/01/28
愉快な仲間


長男から「卒業旅行ではないけど、友達を連れて車で帰る。讃岐うどんの秘境の店を探しといて・・」
と連絡が入り、友達4人と帰ってきました
高知の桂浜で坂本竜馬像を見て、松山の道後温泉に入り、讃岐うどんの秘境4店をめぐるという
慌しい2泊3日の四国巡り。四国では珍しく雪が舞う寒い3日間でした

突然始まったライブ。オリジナル曲を披露してくれました
敷き詰めた布団の上がステージに変わって


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2001/01/01
ポストカプセル


元旦、わが家にも「ポストカプセル郵便」が届きました
ハガキいっぱいに描かれた “パパの顔”は
15年前幼稚園児だった末っ子からのものでした
何のことやら、しばし戸惑ったのち
ようやく事の顛末が理解できたパパは大喜び
横で苦笑いの末っ子
ハガキ1枚で家族みんながホット幸せな気持ちになれた
お正月の朝でした  (Y)

パパの顔
1985年(SYOTA作)

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