12期・岡山へ (2003.11.02〜03)

昨年に続き、今年は海を越え岡山へ出掛けました。
初日のゴルフ終了後、色々とトラブル?があったり、少々慌てていたためか
あるいは年齢のせいか、うっかりカートにデジカメを忘れてしまいました。
おかげで、夜の様子は記録できず、後悔しています。
その代わりと言うと何ですが、二日間の出来事を青野君がレポートしてくれました。
彼の了解も得ず、そのまま転載して「12期・岡山の旅編」とします。

第二回十二期会ゴルフ遠征旅行記

第一篇

小学校の遠足前夜のようになかなか寝付かれず3時には醒めてしまい、ねぼけ眼で5時に起床し
壬生川駅で今治から一番列車で来た平尾と合流し 高速道小松SAにて松山組を乗せて来たバスに乗り込む。
昨年は小松に着いた時点で後藤の勉ちゃんは缶ビール三本目 烏谷は缶ビール一本と冷酒二本目で出来上がって
しまっていた反省からか?今年は皆、控え目で1本くらいだった。
しかし、烏谷は旧友の突然の来訪があったとかで二時間ほどしか寝ておらず 二日酔いと言うより酔い続け状態である。
井上は前夜の同窓会総会の流れで二日酔いと寝不足状態。
今年は篠崎が欠席で喧しくなくて良かったが、やっぱり役者が揃わないと 何処となく寂しい。
篠崎、来年は必ず参加しろよ。 川之江インターで谷井を拾い、いざ岡山へ。

全員が揃った所で、十二期会ゴルフの永世幹事の明関より旅程の 説明があり、領収書の必要な者のチェックがあった。
(篠原伸也は永代幹事と言う けど、御先祖様の永代供養みたいで響きが悪くないか?)
そこから必要経費や節税の話になり、増田頼昭は30回のゴルフのうち10回 しか経費として認めて貰えなかった話をすると
明関は全て経費になり若い彼女 とのラブラブツアー費も経費にしていると豪語した。
そして、その彼女は頭が良くて綺麗な子でないと奥方に認めて貰えない?とも 言った。
全員で「なんじゃ?それ!」こんな話をしていると二時間くらいは 直ぐに過ぎる。
あっという間に、岡山県宇野港の少し東にある東児ヶ丘マリンヒルズゴルフクラブに到着。

青野・和泉・烏谷

篠原・後藤

井上・明関・石川

加藤・増田・山下・平尾
スタートまで充分時間があるので、皆が2階のラウンジでコーヒーを飲んでいると
烏谷は水割りのダブルを飲んでいた。 呂律が少し回り難くなっている?昨年の事もあり心配になって来たぞ。
下を見ると山下泰史が一人で黙々とパターの練習をしていた。山下のゴルフに取り組む姿勢は凄い。
烏谷とは月とスッポンである。 長くなって、旅行記を書くのも疲れて来たので第一篇はここまでとします。
ここからが抱腹絶倒の佳境です

和泉・青野・石川・井関

やかましいスタート前

ようやく全員集合

第二編

スタート時間近くになると、前夜からの雨もほぼ上がり1番ホールのティグランドへ集合。
第一組は俺と石川の侃さんと和泉と井関満永の4人。
和泉のティショットもまずまず、ハンディ10の満永は素晴らしい球筋
侃さんは椎間板ヘルニアの手術を乗り越えて半年前にゴルフを始めたばかりなのに良い当たりは流石だ。
俺はやっぱり力み過ぎて50ヤードのチョロ。早速、後ろの烏谷や明関からヤンヤの喝采。
ムカーッ!マナー悪いぞ。 まあいいか、こんな所も同級生だけのコンペだからこそ。許してやろう。
コースは手入れが行き届いていて素晴らしい。スコアは別にして、振り向けば眼下に瀬戸内海がひろがり
遠くには、小豆島や直島(てしま)が見える。天気も良くなって来たし最高。命の洗濯が出来ます。

ティグランドでの出来事。
篠原「キャディさん。このホールはどの方向に打ったらいいんですか?」
キャディさん「あの真中の木の少しだけ右を狙って下さい。」
篠原「分かりました。あの木の右3ヤードですね。」
「カキーン!あれえー!」
谷井「お前、数学は得意科目じゃなかったんか?球は木の右30ヤードだぞ。桁が違うぞ。」
こんな調子でアウトを終了

昼食を食べる時も何かするのが十二期生です。
メニューの中に400円でサラダバイキングがあり、それを注文した明関はウェイトレスが持って来た取り皿を見て
「この皿小さいなあ。もっと大きいのはないんか?」と大声で言い、周りの冷たい視線を浴びた。恥かしい。
明関はこの種の発言をよくしているらしい。
過日、三越の特設会場で北海道物産展をしていた時、何かの量り売り場で「ケチケチせずにもっと入れて
サービスせんかい」 と、大声で言っている現場に遭遇した事がある。

後半のインも我々の組は和気あいあいとやって行くけど、後ろの組がなかなか我々に追いついて来ない?
1ホール以上あいてしまった。
コースの折り返しで上から井上や加藤静雄や烏谷や後藤に声をかけても一様に暗いし元気がない?
皆で「どうかしたんやろか?あいつら何か変やぞ。」と心配した。その原因は後でわかる。

無事、インも終了し、おつかれさん。風呂に入って汗を流しさっぱりして帰りのバスに乗り込む。
こんな風に何も考えずに言われた通りしておけば良いのも名幹事の明関のおかげです。感謝。
バスに全員揃った所へ、明関が顔色を変えて入って来た。
帰りにゴルフ場の支配人に呼ばれてお小言を頂いていたらしい。
朝から酔い続けていて皆に心配させていた烏谷がキャディさんを怒らせたようだ。
明関はキャディ室まで行き、何度も謝って来たらしい。
明関「烏谷!レッドカードもんだ。今後、ラウンド前のアルコールは禁止。
昼飯時も生ビール一杯までだ。」と、怒りの一言。
烏谷も今度ばかりはかなり反省しているようだ。気を付けてくれよ。
なんだかんだはあったが、今夜の宿舎へ出発

仕事中にはけっして・・・

見られない笑顔?

最終18番グリーンへ

いいゴルフ場でした

第三篇

岡山市内のホテルに到着後は、シャワーでも浴びて一寝入りして(朝早いので眠い )
18時半にロビー集合として解散となった。
井関と平尾と篠原は足を痛そうに引き 摺っている。
痛風発作三人組は平素飲み過ぎ食べ過ぎじゃないか?
集合時間になっても烏谷が降りて来ない。
館内電話しても出ないので井上が烏の部 屋まで行きドアを壊れる位叩いても返事がない?!
誰かが「昨夜ほとんど寝てないらしいし飲み過ぎで死んだように寝ているんじゃない か?」と言った。
幹事の明関が「起きたら後から来るやろう。さあ行こう」 と宴会場へ出発。

宴会場には岡山在住の宇都宮渡と鈴木裕二が来ていた。
宇都宮は長くアメリカに住み、アメリカ全土を飛び回りながら穀物の出来具合を見て 、買い付けて日本へ
送る仕事していたらしい。この一年ちょっとは岡山の食用油の工 場長として出向していて11月1日付けで
丸紅本社へ帰る所だった。引越しは今回で 21回目との事。引越しの回数だけでもえらい事や。
鈴木は水島信用金庫を退職して宅配便の会社を起した所だと言っていた。
会の始まる前に、やっぱり起きて来ない烏の事が心配になり
「酔いつぶれて、風呂の中で溺てしまってないか?」と俺が言うと
また誰かが 「事故が起きたら全ての責任は幹事にある。」なんて引っ掻き回すものだから
明関 がホテルのフロントに電話して部屋に見に行ってもらった。
暫くして、「確かに、 ベッドで熟睡されております」 と連絡が入り一同安堵。ホンマに世話やけるで。

加藤静雄の乾杯の音頭で開宴。
ゴルフの表彰式、優勝は後藤の勉ちゃん、ベスグロは ゴルフに取り組む姿勢が違う山下で85(いつもならもうちょっと良い)
BBは加 藤。加藤のスコアはそれ程でもないけど、不思議と昨年も今年も賞品は良い物を取っ て帰る。
表彰式が終わると、後は話題沸騰だった。
鈴木と明関が小学校の時の塾が一緒だった事。
東京オリンピックの開会式を宇都宮の 家のテレビで見せて貰って、母上にラーメンを御馳走になりそれが美味かった事。
井上の「みはる旅館」へ行くと余ったエビフライを食べさせてくれた事。これが、また 美味かった。
和泉は毎朝顔を洗う途中で、必ず「チーン」と鼻をかむ癖がある事。
鈴 木の父上が壬生川警察署の署長をしていた時期あり、鈴木の母上と俺の母が知り合い だった事を初めて聞いた。
宇都宮と和泉がニューヨークでバッタリ会った事。
侃さん と長尾と俺との三人で毎日平和通りを自転車通学した話。等々。
鈴木はよく飲む。熱燗をグイグイ。
そして、俺の顔を見て 「青野の顔は、中1の時からオジン顔だったけど、あの頃と同じ顔やな。」
俺は背も伸びんかったけど、中身も成長してないのかも知れん?鈴木はぐるーっと見 廻してもう一言
「この中で、一番男前はやっぱり谷井やな・・・」  谷井!お歳暮でも贈っとけよ。
何時しか全員が中学時代にタイムスリップしてやあやあと話していると直ぐに一次会 はお開きの時間が来た。

そのまま、二次会のカラオケボックスへ。
ここでも名幹事が二時間飲み放題歌い放題 ただしツマミ無しで安く交渉してくれて、あらためて乾杯。
ツマミ無しだと言っているのに、増田が焼き餃子とポテトフライを注文してくれと言 いだし明関を困らせた。
篠崎がいなくても、誰かが掻きまわすもんだ。明関、ご苦労様。
カラオケの方は、後藤が昨年の高知を思い出させるような歌いっぷり。
宇都宮は英語 で歌い、篠原があんなに良い声しているとは知らなかった。
曲は陽水だったり河島英吾だったりとやっぱり50のおじさんの集まりらしい。
極めつけは平尾がリクエスト した「もろびとこぞりて」だった。
これがかかると全員が大声で「もーろびとーこぞ ーりーてーむかーえまーつれえ〜」と
増田の割り箸の指揮棒に合わせて大合唱。歌い 終った後、気持ち良かった。
「主は皆さんとともに、皆さんは主とともに。」
「安心しなさい。あなたが神を愛する前から神はあなたを愛しています。」
世の中広いけど、カラオケボックスで「もろびとこぞりて」を五十のおっさん達二十 人が大合唱するのはないだろう。
さすが愛と光の使いだ。やっぱり俺たちは神の子な んだ?田中校長先生がご覧になったら泣いて喜ばれたに違いない。
増田はこの後もずっと、誰の歌の時も前に出て割り箸の指揮棒で皆に歌うように指示をしていたら
「増田はかなりストレスがたまっとるなあ。50にもなれば誰でも色々とあるよな。
来年は増田用の本物の指揮棒が要るな。」と、井上。
あっと言う間に二時間が経ちカラオケボックスもお開きとなったが、みんな歌いまく って笑いまくって小腹が空いていた。
誰かが「ラーメン食いに行こう。」で、ラーメ ン屋を探していたら、美味そうな焼き鳥屋があった。
鈴木、加藤、平尾、篠原、井関 は躊躇なく中に入っていった。
痛風三人組は痛いのを忘れたのかいな?焼き鳥にビー ルって痛風に最悪やろ。
篠原と井関に至っては医者とも思えない行動だぞ。
ラーメン組に入ってラーメンと餃子を食べた増田は帰りに例の焼き鳥屋に入って行っ た。
仕事の都合でゴルフをしないで翌朝に帰る予定なので徹底的に遊んで帰るつもりらしい。
こうして岡山の夜は更けていった。長い一日だった。

最終編

翌朝は朝から雨だった。
朝食を食べにレストランへ行くと烏谷がスッキリした顔で食べていた。皆に昨夜の事を言われている。
俺が、「今日トラブッたら、十二期会を除名にされるぞ。」と言うとひどく済まなさそうな顔をした。少し言い過ぎた。ごめん。
朝食が終わったら宇都宮は別れを告げ東京へ出勤して行った。
「じゃあ、元気で。来年はゴルフも参加しろよ。」と、皆が声をかけた。「うん。うん。」

二日目のゴルフ場は岡山空港の少し東の後楽ゴルフクラブである。
ゴルフ場に近くなると雨だけでなくかなり濃い霧も出てきた。
天候不良と昨夜の疲れもあってか?皆、いつもより静か目に進行。
雨は強くなり7番あたりからは霧がひどくて打つ方向も分からない位になって来た。
アウトをなんとか終えて昼食を食べていると皆不機嫌そうな顔であがってくる。
和泉なんかはスコアの為か?天候のためか?顔に怒りが満ちている。
名手井関はこんな悪条件でも39で上がって来た。烏谷は15pのパットを外し平尾に「烏はアルコールが入らんと
エンジンがかからんみたいだ。皆に内緒でちょとだけなら飲んでもいいぞ。」と言って貰ったらしい。やさしいなあ。
明関が「まだ続けるか?ハーフでやめるか?インもやりたい者は手を挙げろ。」と言ったが誰も手を挙げなかった。
(ハンディ10の山下だけはやりたそうな顔だけど。遠慮して手を挙げなかった。)という事でハーフで中止となり
昼食後風呂へ入る事になった。
レストランでワインを飲んでいる平尾と和泉、腕組みをしてじっとコースの方を睨み付けて
「これくらいなら、ゴルフ出来るやないか。」と言っている山下の三人以外は、雨に濡れながら露天風呂で
だらだらと思い出話や世間話。
こんな時間から風呂に入っている人がいる筈もなく十二期生で貸し切り状態で言いたい放題だった。
宇都宮大朗さんが寄付をするのが好きで多額を寄付すると井関も同じくらいの寄付を要請されるのでいつも閉口している話や
後藤と中岡鑑一郎がいとこだと初めて聞く話も出た。

帰りのバスは一抹の寂しさが漂う。
夕食は丸亀の「一鶴」でニンニクと辛味のよく効いた骨付き鳥モモ肉でまたまた乾杯。美味かった。
朝から我慢をしていた烏谷にあちこちから「どんどん飲めよ。」「遠慮せずに飲めよ。」と声がかかる。やっぱり友達やね。
嫁さん思いの侃さんと谷井と平尾は個別にテイクアウトを注文している。立派。
酒が入って、バスの中の皆はまた元気になった。
明関が慶応の法学部法律学科に入学して司法試験を目指したけど入学後女遊びの面白さを知って
5月には司法試験を放棄した事や、谷井が英語の試験で周りの同級生に見せてやって皆合格したのに谷井だけが
追試になった?事や、俺が停寮になっても行く所がなくてトマス寮の屋根裏に隠れながら、通学していた時、井関が
寮の少ない晩飯を残して屋根裏に差し入れてくれた事などを大声でしゃべっていると小松SAに着いてしまった。
物故会員にならずに来年も出席する事を約して平尾と一緒にバスを降りた。
帰りのタクシーの中で平尾は「精神的開放感は最高やね。全然気を使わんでいいよ。」と言った。
花の十二期生は最高です。夢のような二日間だった。
永世幹事の明関と安い貸切バスを見つけて来てくれた井上に全員で感謝です。お世話ありがとう。来年も宜しくな。

来年は連休がないので、11月20日(土)リーガロイヤルホテル新居浜泊で市内にて宴会。
翌日、滝の宮カントリークラブでゴルフをして解散の予定となりました。
宴会だけの人も大歓迎です。皆で一緒に中学時代の悪ガキに戻りましょう。 (青野信卓・記)